ロマンスグレーの髪を朝の風に揺らしながら手を振る校長にぺこりと頭を下げて、芙美は黙った二人に「どうしたの?」と声を掛けた。ピリと漂った緊張感が気のせいであったかのように、咲が「いやぁ」とはぐらかしてスカートのウエストをくるくると詰めていく。
「こんな辺ぴな田舎の学校に来るなんて、物好きな奴がいるなと思ってさ」
「今流行りのⅠ(あい)ターンとかかな?」
「もしそうだとしても、広井町まで行けば学校なんて幾らでもあるのにな。けど、最近この辺りに引っ越してきた奴なんて居たかなぁ?」
広井町は、この白樺台の駅から三駅離れた芙美の家がある町だ。確かに向こうは都会で有名な進学校や専門校が幾つもあるが、白樺台に家があるのは三人のうち咲だけで、湊の家も広井町から更に一つ遠い有玖(あるく)駅の側にあった。
「咲ちゃんは町の高校に行こうとは思わなかったの?」
「家から近い方がいいんだよ。ギリギリまで寝てられるし」
「言ってることと逆だけど、確かに通学時間が短いのは楽だよね。湊くんはどう思う?」
「……え?」
湊はずっと物思いに耽っていたようで、覗き込んだ芙美に驚いて「ごめん」と謝った。
「えっと、荒助さんは校長先生に誘われてウチの高校受けたんだっけ?」
「そうだよ。近所の図書館で偶然校長先生に会ったの。それで「良かったらどうですか?」って言われて」
去年の夏、芙美は広井町の図書館でよく受験勉強をしていた。そこで何度か会った田中という初老の男にここの校長だと聞かされたのだ。
「あの爺さん、ここが私立だからって外で勧誘(ナンパ)してるのか?」
「毎年定員割れしてるから、生徒を増やすのに必死なんじゃないかな」
咲の言い方には問題があるが、学校にとって切実な問題であろうことは明確だ。山奥で一学年一クラスの設定だが、定員の三〇人にはどの学年もとどいていない。
――「進路に迷っているなら、うちに来ませんか? ちょっと遠いけど空気が綺麗ですよ」
友達が居なかったわけでも、成績が悪かったわけでもない。ただ、どうしようか迷っている時にタイミング良く声を掛けられたのだ。
「ずっと町に住んでるから、田舎もいいなって思って。制服も可愛いし」
半袖シャツに、赤とグレーのチェック柄スカート、そして、胸元の赤いリボンが白樺高校の夏の女子制服だ。男子は開襟シャツにスカートと同柄のパンツで、生徒たちからは高評価を受けている。
くるりと回って「可愛いでしょ?」と微笑む芙美に、「そんな理由か」と苦笑する湊は、もういつもの彼に戻っていた。
咲は「芙美は可愛いよ」と納得顔で、校門に居る校長を一瞥する。
「だったら校長先生は、私と芙美の恋のキューピットだな」
夢心地に胸の前で両手を合わせる咲に、湊が「キモイ」とヤジを飛ばす。
「キモいとは何だよ、湊。だったらお前は何でここに来たんだよ。頭悪くて、ここにしか入れなかったんじゃないのか?」
「咲ちゃん、湊くんはクラスで一番頭いいんだよ?」
「だから嫌味言ってるんだよ」
ボロリと吐く咲に肩をすくめ、芙美は湊をそっと見上げた。確かにテストでほぼ満点の湊には、この学校は物足りないような気もする。
「湊くんはどうしてここを選んだの?」
校舎前に建てられた二宮金次郎像に差し掛かったところで、湊は芙美の質問にそっと足を止めた。
「俺は、使命を果たすためにここに来たんだ」
「使命……?」
湊はそれ以上答えず、「先行くね」と校舎へ入って行ってしまう。
「なぁにカッコつけてんだよ」
首を傾げる芙美の横で「ハン」と不機嫌に腕を組み、咲は下駄箱の前で靴を脱ぐ湊の背中を睨みつけた。
☆
夏休み明けでいつも以上に騒がしかった教室が、担任の登場とともに大人しくなる。
30代半ばの教師・中條明和(めいわ)は、いささか暑苦しい彼のトレードマークであるおかっぱの髪を後ろにかき上げると、日に焼けた顔を全員に向けて「おはよう」と挨拶した。転校生を待ち構えた生徒15人が「おはようございます」と声を合わせる。
前の扉は開いたままだ。「入りなさい」と呼び掛けた中條の声にひと呼吸置いて、転校生が姿を現す。
ついさっき「可愛い女子希望!」と騒いでいた盛り上げ役の鈴木が、一番最初に「あぁ」と悲痛の声を漏らした。
入ってきたのは、背の高い男子だ。ツンと立てた短い前髪に、大きめの瞳、額の横には怪我をしたのか斜めに絆創膏が貼られている。
彼は黒板に名前を書きだした中條の横に立って、クラスメイトを見渡した。そして紹介を待たずに窓際の通路へ歩み出して、一番後ろの席へ一直線に向かう。
彼の行動に生徒たちが騒めいた。
そこにあるのは湊の席だ。湊は驚きもせずに立ち上がると、この時を待っていたかのように転校生へ声を掛ける。
「遅いぞ」
知り合いだろうかと芙美が廊下側の席から二人に見入っていると、あろうことか転校生が感極まった表情で湊をぎゅうっと抱き締めたのだ。
「ラル、やっと会えた」
「そういう意味じゃなかったの?」 突然のキスに怒りだした咲の肩に両手を乗せたまま、蓮が「えっ」と眉をひそめる。「だって、僕は男なんだぞ?」「それは当人同士の問題じゃないかな。さっきだってナンパ野郎に声掛けられてたでしょ」「あれは、あの男が僕を女だと思ってたからだよ」 今まで言い寄ってくる男なんて星の数ほどいたが、それは本当の事を知らないからだ。男相手に恋愛なんて全くする気は起きなかった。「まぁそうかもしれないけど。俺は気にしてないよ」「変態だ」 声を震わせて訴えると、蓮は「そうなのかも」と笑う。「けど、嫌だった?」「…………」「俺は、咲ちゃんの事好きだよ」「…………」 返す言葉が見つからない。 キスに驚いたけれど、突き飛ばすほど嫌ではなかったし、蓮の事を嫌いじゃない。ただそれを『好き』という言葉にまとめて、自分の気持ちを認めてしまうのは嫌だった。 蓮は黙ったままの咲から両手を離して、困り顔を見せる。「ごめん。やっぱり俺調子に乗ってたかも。前の時、二股されて泣いたって話したでしょ? だから、ちゃんと言っておきたかったんだよね」「……蓮」 何故だろう、急に腹が立った。咲は離れた距離を取り戻すように、蓮の腕を掴む。「他の女の話なんて、聞きたくないんだよ」 自分でも何を言ってるのか分からないが、イライラの原因がそこだという自覚はある。 蓮は驚いた顔をして、小さく笑顔を零した。「それって、嫉妬してくれてるってこと?」「違う、そうじゃない。けど……」 咲は言い掛けた言葉を飲み込んだ。こんな話をする為にここへ来たわけじゃないのに。 夜には夜の魔法があると、姉の凜に言われたことがある。 ──『夜の闇に惑わされないように――』 夜は相手の顔も、自分の気持ちも、いつもと違って見える事があるらしい。 けれど咲は「いや……」と首を振った。「蓮に相談したり、愚痴ったり、泣きたい時に側に居てくれたらって思う。けどそれって僕の都合で振り回してるって事にならないか?」「俺を都合のいい相手にって事? 咲ちゃんのそんな相手が俺だけだって言うなら大歓迎だけど?」 咲は黙って頷く。「他にこんな話できる奴なんていないんだからな? 僕は今日蓮に会えたのも嬉しかった。そういうのが好きだってことになるなら、僕は蓮が好きだよ」 言い切る前に、蓮に引
「アイツは僕の妹だったんだ」 震える唇を固く結んで、咲は彼の反応を待つ。 蓮は驚きつつも言葉を探すように視線を漂わせ、掴んでいた手を咲から離した。落ちるようにソファへ座ると、「咲ちゃんも」と促してから話を始める。「もしそれが本当なら、俺が知ってもいい事なの? 芙美は何も……」「アイツはまだ記憶を取り戻してないんだ」 実際は咲が思い出させていないから――という事らしい。「それでも咲ちゃんには分かるの?」「うん、一目で分かった」 ヒルスは、この世界に現れるというハロンの詳細を聞かずに日本へ転生している。ルーシャに『運命が貴方を導いてくれるわ』と言われて、ずっとその時を待っていた。 高校入試の説明会で芙美と湊に気付いて、この間ようやく智にも会えたけれど、大人組の4人を察する事はできなかった。感覚の鋭い魔法使いの智でさえ大人達にはまだ気付いていない。湊に至っては智以外の転生者など疑ってもいないように見える。「異世界から来たって言っても魂だけの話だし、僕だって今の母親から生まれてる。自分は日本人だと思ってるよ」「だよね。芙美が生まれた時の事って、俺覚えてるもんな」 蓮は頭をぐるぐると捻りながら、一つ一つの話に相槌ちを打っていく。「これを蓮に話して良いのかなんて僕には分からないけど、蓮になら話してもいいのかなと思った。だけど、芙美にはまだ言わないでくれるか?」「あぁ、わかった。他にもその仲間はいるの?」「いるよ。結構いて僕も驚いてる」「何か楽しそうだけど、転生って何か理由があって来たんじゃないの? 地球でスローライフ送りに来たわけじゃないんでしょ?」 鋭い。流石アニメ好き男子だ。そこはあまり触れないで欲しかった。「なら、使命を果たしに来たって言ったらカッコ良く聞こえるか? 詳しくは話せないけど」 こんな時だけど、嫌なヤツの言葉を借りた。智が転校してきた日だったか、湊に何で白樺台高校を受験したのか聞いて、アイツはそう答えたのだ。 ――『俺は、使命を果たすためにここに来たんだ』 その言葉が一番適当な気がしたけれど、実際咲には湊のような重大な使命はない。「咲ちゃんや芙美も戦ったりするの? 使命って……そう言う事でしょ?」「僕は弱いから前線には出れないけど、もし芙美が記憶を戻したら、アイツに勝てる奴なんて誰も居ないよ。芙美は強いぞ。本当に
エレベーターを十階で降りて、蓮は眺めの良い通路に並んだ扉の一番奥を開いた。 綺麗だけれど殺風景な部屋だ。人の居る気配がまるでなく、咲はモデルルームのようだと思ってしまう。パーティでもできそうな広いリビングには最低限の家具だけあって、隣の和室はがらんどうとしていた。半分開いたウォークインの中には、引っ越し会社のダンボールが敷き詰められている。「何もない部屋だな」「おじさん独身だし、色々考えてるんだろうね。ところで咲ちゃんはご飯食べてきた?」「蓮は?」「俺は食べたけど……」「じゃあいいよ。さっきクリームソーダ飲んだから」 考えることが多すぎて、食べることが後回しになってしまう。コンビニで買ったお茶を半分だけ飲んで、胃が満足してしまった。「クリームソーダって、芙美が好きなやつじゃん。ちゃんとご飯食べなきゃダメだよ。米ならあるけど、どっか食べに行こうか?」「米があるなら炊けばいいよ。外には出たくない。キッチン借りてもいいか?」「いいけど。作ってくれるの? この間のカレーうまかったよ」「料理は得意なんだ。おにぎりならすぐできるだろ?」 リビングとカウンターで仕切られたダイニングキッチンに入って、咲は冷蔵庫を開ける。住人が不在だから空なのは予想していたが、冷蔵室はコーラとビールと水で埋まっていた。「うわぁ。このお酒、蓮も飲むのか?」「おじさんが置いてったやつだよ。飲んでもいいよって言われてるから飲むけど。俺、一応二十歳だから」「うちのアネキと一緒だな」 そんな話をしながら、咲はといだ米を小さな炊飯器にセットする。蓮は手伝おうとしてくれたが、あまり役には立たなかった。「そういえば今日芙美が浮かれて帰って来たけど、学校で何かあった? 咲ちゃんからのメールにも書いてあったけどさ」「あぁ、何かあったんじゃないかな」 芙美が湊と学校をサボった事を告げ口するつもりはないが、彼の言葉から二人を想像すると嫉妬心しか沸いてこない。 不機嫌に頬を膨らませる咲に、蓮は、「咲ちゃんの悩みって、もしかしてそれが原因だった?」「そうじゃない。アイツらのことはいいんだ。私が話したいのは……」 咲はソファへ移動して、少し頭の中を整理する。蓮は隣に座るのかと思ったけれど、テーブルを挟んだ向こう側へ行ってしまった。 頭の中に過去やリーナのことを並べていざ話をしよ
夜の都会は人も灯りも多すぎて、空を見上げなければまだ昼間のような気がしてくる。 頭の中のモヤモヤした気持ちは何一つ解決していないけれど、蓮に会ってホッとしたのは嘘じゃない。「メールじゃなくて、話がしたいなって思って。電話でも良かったんだけど……」「会えたのは嬉しいけど、流石にこんな時間だし家に帰る? 今から話したら終電もなくなるよ?」 蓮がスマホで時間を確認して、駅の方を一瞥する。 そんなのは咲も分かっている。最終は十時半。田舎へ行く電車なんて、そんなものだ。「芙美の家に泊るって言って来た」 それは別に一人で夜を徘徊する選択もあったからで、蓮と過ごすためではないけれど。「えぇ? 本気? ウチに来てもいいけどさ」「駄目だ。できるわけないだろう?」 咲はそのシーンを想像して、強めに訴える。「芙美の居る家に蓮と行って、何て説明するんだよ。別に一人で公園にでも寝ればいいよ……」「そんなことさせられる訳ないでしょ? けど、朝までファミレスとかカラオケって訳にもいかないか……高校生だもんね」 自分でも訳の分からないことを言っている自覚はある。蓮を困らせてしまうのは重々承知だし、流れとはいえ彼に甘えてしまっている自覚もある。 流石に申し訳ない気持ちになった所で、蓮が額に手を当てて「うーん」と唸った。「ごめん……なさい」「俺は構わないけど、本当にいいの? 朝まで一緒に居るってことだよ?」「蓮が嫌じゃなかったら」「嫌じゃないよ。じゃあ、とりあえず行こうか」 背を向けた蓮に「うん」と答えて、咲は彼の横に並んだ。「どこへ行くんだって聞かないの?」「どこでもいいよ」「どうでもいいみたいに言わないで」 蓮が「もぅ」と咲を覗き込む。「……じゃあ、蓮とならどこでもいいよ」「だったら嬉しいんだけど。芙美が咲ちゃんの話する時ってさ、いつも強くて明るくて楽しくてって言うんだよ。けど、俺の知ってる咲ちゃんは、ちょっと違うよね」「別に、こんな暗い女嫌なら、ここに置いて行ってもいいんだぞ」「そうじゃなくて。また不安そうな顔してるから、この間よりは話してくれたら嬉しいなと思ってる」「うん……」 今まで誰かに自分の過去を知って欲しいなんて思ったことはなかった。ヒルスが本当の自分で、咲は仮の姿みたいなものだと思っていたからだ。 けど咲として芙美に会っ
智を犠牲にして他の全員が助かるか、彼を救って訪れる結果を受け入れるか――。「そんなの、選べるかよ……」 呟いた声が、電車の騒音に掻き消える。窓の外に広がる闇が咲の不安を募らせるが、同じ車両に他の客が居るお陰で、どうにか取り乱さずにいられた。サラリーマン風の男が端の席で居眠りをして、ガーガーという鼾が咲のところまで聞こえてくる。 スマホのスイッチを押すと、蓮からメールが来ていた。ちょうど田中商店を出た頃で、振動に気付かなかったらしい。『今日バイト休みだから、後で電話してもいい?』 彼の声を聞きたいと思うのは、誰かと話したい気分だからだ。吐き出したい気持ちをぶつける相手が、他に思い浮かばなかった。 ターメイヤとは関係のない蓮に逃避したかっただけなのかもしれない。 咲は通話ボタンを押そうとした指を一旦止めた。今話せば電車だという事がばれてしまう。広井駅に向かっていると知られれば、彼はきっと会いに来るだろう。 だからもう少し静かな場所に移動してからと思って、まずは姉の凜にメールを入れる。芙美の所に泊まると言ったら、案の定『本当?』と疑ってきた。けれどそこは『本当だから』と嘘を押し切る。 もちろん芙美の家に泊るつもりはない。あてもないが、自分の部屋でいつもの夜を過ごすのは嫌だった。夜を屋外で過ごすことも、外で寝ることも、ヒルスの時は良くあったことだ。「大丈夫」 そう呟いて、咲はスマホを握りしめたまま暗い窓の外を眺める。ポツリポツリとあった光が次第に増え、闇を飲み込んだところで電車は駅のホームに入った。 ☆ 都会の駅は夜でも想像以上に人が多く、咲は外へ出て近くのコンビニの裏路地に入り込んだ。頼りない街灯の下は、田舎を装うくらいには静かだ。 毎日のようにメールはしているが、蓮に電話するのは初めてだった。会ったのもお泊り会の時だけで、声も忘れかけている。 通話ボタンを押すと、少し長めの呼び出しコールの後に蓮が出た。『咲ちゃん?』 彼の驚いた声に胸で泣いた夜の記憶が蘇って、咲はぎゅっと肩をすくめる。「蓮……」『どうしたの? 急に』「えっと、そこに芙美はいないか?」 そういえば、そこが荒助(すさの)家だということをすっかり忘れていた。蓮とメールのやりとりをしている事を、芙美には内緒にしている。『アイツなら今、風呂入ってるよ。芙美に用事
つまり咲が望めば、リーナの記憶も魔法もすぐ芙美に戻るという事だ。「リーナの最後の魔法って……戦いが終わった時に消したんじゃなかったのかよ」 ハロンとの戦でボロボロになったリーナを戦場に戻さない為、ラルとアッシュが彼女の魔法を消すようにルーシャに頼んだと聞いている。以後、ヒルスは彼女が魔法を使っている姿を見た事がなく、当然そうなったと思っていた。「実際は抑え込んだだけよ。もしもの為にって、私とリーナで口裏を合わせていただけ」「ならアイツ等も知らなかったって事かよ。何で……」 ラルとアッシュが異世界へ飛んだと知って沈み込んでいたリーナが、転生先でアッシュが死ぬという予言を聞いて、自分も行くと言い出した。「やっぱりリーナは最初からアイツを助けるつもりだったのか」「あの子も最後の最後まで悩んでいたのよ? それを貴方に託したんだから、選んであげなさい。貴方が望まなければ、もうずっと芙美のままで居させることもできるわ」 咲は絢の言葉に愕然とする。「けどアイツはウィザードに戻りたいと思ったから、僕にそれを託したんだろう? なぁルーシャ、もし智を助けたら、この世界はどうなるんだ?」 芙美が智を助けたいと思っていることは分かった。けれどその不安を払拭する事ができず、出した決断を取り消すことができない。「この世界の終わりが来るかもしれない」 絢はうっすらと笑みさえ浮かべて、残酷なことを口にする。「脅してる?」「脅してなんかいないわ。二人を追って転生する事が未来を軽視する事になるからこそ、リーナは悩んでいたんだもの。けど、何も起きないかもしれない。分からないのよ」 絢は横に首を振って、「アイス溶けてる」と咲のグラスを指差した。咲は言われるままにスプーンを掴んで、呆然としながらメロンソーダに沈むバニラを少しずつ口に運んだ。「ついでだから話してあげる。私たちターメイヤから来た大人組が、貴方たちと違う理由をね」 それは、向こうの世界で賢者だったハリオスこと田中校長に言われたことだ。 ――『儂らは戦わんよ。儂らはお前たちと事情が違う』「貴方たち4人は向こうで一度死んでからこっちに生まれ変わってるけど、私たちは死んでいないのよ。十年前にこの世界に転移してきたの。転移者は異世界に踏み込めない領域があってね、だからハロンとの戦いに介入することができないのよ」